婆娑羅の早雲ブログ-ばさらのそううん

バサラ(vajraと書きますが、ローマ字で読みを書くとbasaraと読みます)を運営しております早雲です^^
失礼のないように書いたつもりの日記…更新は毎週月曜日と木曜日、少ないのですが、宜しくですm(__)m
2010年4月19日
言葉遣いの良い人と悪い人 コメント(7)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


言葉には、いい言葉がある。

そして悪い言葉もある。


その言葉は、必然的にその人の感情を表す事も少なくない。

仕事をするうえにおいては、
意識的に自らの感情や言葉遣いをコントロールする訓練をしておく事が必要だと思う。

言葉遣いは、人望を得るかどうかを大きく左右する。
相手を気遣う事を訓練しておけば、仕事においての言葉遣いも良いものになる。

仕事においての言葉遣いが上手になれば、
プライベートにおいても好かれる人になる事ができるはずだ。

気に入らない人と気に入る人を思い出して、その人の言葉遣いを思い出してみると、
何となくコントロールできている人かどうか分かる。

言葉遣いをコントロールできる人は、
自らの感情をコントロールできる。

つまり冷静に物事を見れる人だと思う。

困った時には、こういう人を頼るときっと解決策が見つかると思います。

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更新 2010年4月26日 00:28:20

登録タグ 言葉遣い 善悪 頼れる人

2009年7月6日
男尊女卑の真理と哲学 コメント(3)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


※注:以下の文章は早雲の勝手な考え方でして、事実ではありません。
今日は、毎度の哲学ネタです。長いです^^;

「男尊女卑とは、直訳すると、男を尊び、女を蔑むという意味だが、本当にそうなのか?」

去年、こんなことを考えました。
最近ちょっとした答えを自分なりに見つけたので書いておこうと思います。
ここからは、去年、私が書いておいたものです↓



男尊女卑の直訳した意味は、私も人が使う言葉ではないと思うくらい嫌いだ。
しかし、なぜ、この思想が生まれたのか、考えたことはありますか?
そもそも、男尊女卑思想は、日本には存在しなかった。
少なくとも、江戸時代までには。
士農工商えたひにんという身分が存在していたが、この頃に男尊女卑は大きくは存在していない。
今から150年前に、井伊直弼が大老になり安政の大獄が起こった。
今から100年ちょっと前に日露戦争が終結している。
いろいろな文献を読んできた結果、この100年から150年前までの間あたりに、できた思想ではないだろうか?
というのも、鎌倉時代には巴御前が、戦国時代には濃姫が戦った記録が残っている。
いつこの世から消えるか分からない男女は、男は女性を慈しみ女は男性を尊ぶ精神が根付いていた。
江戸、明治に時代が変わるころ、尊王攘夷運動などあり、旧幕府方と、維新方に分かれて戦った戊辰戦争があった。
この戦争では、白虎隊などで知っている人も多いと思うが、女子供も刀や薙刀、銃を持ち、容赦なく戦った。
その結果、旧幕府方の血筋は絶えるところもあっただろう。

そして、世界の時代背景は、帝国時代。
日本もその時代に巻き込まれていく。
良くも悪くも、日本人は人に合わせる事が、得意である。
侵略主義の帝国文化は、他国を攻撃する。戦争の前線にいれば、いつ死んでもおかしくない。
いつ死んでもいいと思われ選ばれたのは、男である。
女は、数年の時間がかかるが、子を宿し、産み、育てる事を一貫してする事ができる。
男は、一瞬で宿す前の種を植え、育てる事の手助けできるだけである。間が抜けている。
女が居なくなれば、国は滅びる。
最悪、一夫多妻で、子孫を残せれば、日本保管計画は完了する。
結果、男は、ちょっとだけ生き残っていればいい。

最悪の事態を考えた結果の結論であろうと思う。
そのため、強烈な言葉で、女を守らなければいけない。
前に出るな、これは、尊ばれるべき男の仕事だ!と足を震わせて、死の恐怖に立ち向かう男が考えた、唯一の家族防衛策だった。
また、その男の思考を理解し、いつ死ぬか分からないこの人に、最高の自分を覚えてもらっておこうと考えた女が居た。
男尊女卑の言葉が生まれた、このような可能性は、忌むべき言葉と言うより、むしろ愛おしさを感じたりする。
男女は同権である、しかし、男女は同質ではない。
早雲は、女が前に出ることを否定しているのではない。
しかし、女が母性本能を押し殺し、前に出ざるを得ない今の時代では、日本は近い日の将来、必ず滅ぶだろう。
深く考えることで、男と女はお互いを見つめなおし、愛し合うことができるのではないだろうか。
いつまでも外国の政策に乗せられるのではなく、日本に住むわれわれが一致団結し、政治に進言させ、そのための国策を一刻も早く、打ち立てるべきである。



・・・と、歴史を自分なりに解釈して、えらそうなことを書いていますが、はっきり言って、その真理は理解できてなかったような気がします。
実際、今読んでみて「な〜にを偉そうに・・・」と、ちょっと落ち込んでしまいました。
去年からずっと考えていると、考え方は変わるものです。。。

男が男の立場から見ているからいけない。
男尊女卑だけでなく、女尊男卑のことも考えなければ答えは見つからない。

男女同権で、男女同質ではないこと。これをまず考えると、
体のつくり上、男は筋肉が発達しやすく体調が変化しにくい。女は月の日があり子を成せる。
体の差だけは、どうしようもない。

それで居て、権利は同じ。これは同じ人間なのだから当然のこと。

しかし、男がすべきこと、女がすべきこと、という常識らしきものがあるのは事実。
おそらく、男尊女卑や女尊男卑に関するどの問題も、ここが争点になるはずだ。

考えました、、、ひたすら。時間をかけて何度も。

で、出た答えは、
あなたが男であると仮定して、
男は男らしくって自分で思うのはいいけど、女は女らしくと人に押し付けるべきではない。
また、男が女に「女なのだから」という考えは持ってはいけない。
男であっても、気がついた時点で、自分が行動を起こせばいい。
これは、その逆の立場であっても言えること。
自ら進んで行うことはいいけれども、人に押し付けないこと。
もし、自分が多忙でできない場合は、押し付けではなく、頼みごとになるはずです。
押し付けられるのと、頼まれるのでは、受ける人間の気分が違います。
これが全ての答えに繋がるような気がします。

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更新 2009年7月7日 00:03:37

登録タグ 哲学 男尊女卑 女尊男卑

2009年7月2日
日本語で書く愛の文字 コメント(6)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


Loveは、日本語で"ai"と読む。

日本語でLoveを書くと、心を真ん中で受けると書く。

世界共通で、愛はロマンチックであるものだと、私は思います。


…この文章の英語翻訳ブログはこちら。間違ってたらアドバイスしてね(ーー;
英語ブログ


今、何人かの人は、笑ったでしょw
サムライ目指してるっていう、婆娑羅の早雲がこんな事言うなんてって。。。

いいんです、笑ってください、笑うとちょっとだけでも楽しくなりますから^^v

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更新 2009年7月2日 23:26:14

登録タグ  英語訳文 真ん中

2009年5月11日
なぜニックネームを使うのか? コメント(5)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


今日の記事は、めちゃめちゃ長いですm(_ _)m


さ〜て、久々に哲学系の記事ですよ^^♪

インターネットなど、多くの人の目に触れる場所で、自らが意見を述べたりする時に、
なぜニックネームを使うのか?と、ずっと疑問に思いつつ、そのままにしてきました。

親や学校の先生が「こうするものだ」と教えてくれたものではない。
他の誰かに教わったわけでもない。
でも、ただなんとなく「ニックネーム」を自分に付けている。
私もブログの中では、早雲と決めてある。
私は、衣類をインターネット上で販売しているので、本名を書いてもいいはず。
もちろん、本名を書いているページもあるのだけれど、ほとんどはニックネームで露出してある。

なんで自分がニックネームを使うのか・・・考えたことあります??

個人を特定させないためなのか…ただ恥ずかしいだけなのか…
でも、「こうしなきゃいけない」と思ってニックネームをつけた人も居ると思う。

答えは、終盤に出ますが、行き着いたお話を紹介しましょう。
かなり長くなりますので、興味のある方は読んでみて下さい(考えながら読むと1時間くらいかかるかも)。
大体分かればいいって人は、最後の第三部だけでいいと思います。



朝、仕事の外回りで、車を運転している時にタイミングよくかかるのが、
文化放送の武田鉄也さんの今朝の三枚おろしです。

この番組を聴いていると、多くの発見がある。
私は、武田先生と呼んでいます。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


第一部 白川静先生の学術



前に武田先生が、白川静さんのことを書いた松岡正剛さん著の「漢字の世界」をテーマにお話をされていました。

白川静(しらかわしずか)さんは亡くなられていますが、戦時中も若者の暴動中も関係なく漢字の勉強をした漢字の学者さんです。
全て独学で、勉強し続けた資料から、多くの答えを見つけた方だそうです。

白川静さんの学説は、学閥によることなく、無視され続けた。

彼の学説、テーマは「漢字には呪能(物を呪う能力)がある。」ということだ。
権力者が持っていて使っていたもの、それが漢字だと言う。
常識では、「漢字は中国のもの」と言うのが通説だと思うが、白川氏は断固否定する。
元々伝わってきたのは、確かに中国からだ。
しかし、その輸入されたものを美しく磨き上げて、文明、文化として持っているのは、日本なんだ!
漢字の呼び方こそ中国かもしれないが、漢字は日本の国字なんだ。と、言い続けました。


松岡正剛さん著の「漢字の世界」に出てくる白川さんの学説について、さらに武田先生は語る。

万葉集の中で、柿本人麻呂は、

東の野にかぎろいの立つ見えて返り見すれば月傾きぬ
東の方向を見れば、太陽が昇ってきて、ふと、返り見ると月が沈んでいく
自然の状況をありのまま詠んだと言われているが、白川先生は、否定している。

その否定した理由は、その句以外の前後の句に書いてあることを理解すれば、分かると言う。
それら前後の句には、作った時の状況などがきっちり書いてあるそうだ。

これらは、秋野の灯燎華(あきののとうりょうか)という歌の一節ですが、
「かるのみこ」という皇太子様と、冬に秋野という地名のところに行って、人麻呂が作った歌だそうです。

白川先生がおっしゃるには、「かるのみこ(皇子)は、11歳の少年で、693年の冬のことだ」と具体的に行っている。

その根拠は、前の天皇が崩御した次の冬で、秋野の高原で短歌を4つ作ったんだ、という。その短歌が

あきののに やどるたびびと うちたなびき いもねらめやも いにしえおもうに
まくさかる あらのにはあれど もみじの すぎにしきみが かたみにとぞみゆ
ひがしののに かぎろいのたつみえて かえりみすれば つきかたむきぬ
ひなみしの みこのうまなめて にかりたたし ときはきむかず

武田先生、ちょっと自信がなさそうでした^^;間違ってたらごめんなさいって言われていました。

武田先生の訳は、
秋野という高原にやってきて、今野宿をしており寝ようとしているのだが 昔のことが色々と思い出されて寝付けません
こんな冬の野原だけれども、秋を過ぎていったあの人の思い出を 私は探しに来た
東の方向を見れば、太陽が昇ってきて ふと 返り見ると月が沈んでいく
東の皇子(前の天皇様)と馬を並べて猟をしたあの時を思い出す。さぁ猟を始めよう。

これらで、白川先生が言いたいことは、
万葉集は、のどかな万葉人たちが歌ったのではない。あれは、呪能の歌なんだ。
あるいは、神に言葉を掲げたり報告するための術が歌だったのだ。
歌を作れない人は神とコミュニケーションが結べない。
ましてや漢字を書けないと神との交信のために必要な道具がないのだ。
そして、歌は、こちらが神に直に届けるアイテムなのだ。

つまり、万葉集の秋野の灯燎華は
皇太子を荒野に連れ出し、柿本人麻呂を呪能者として、闇の中に天皇の霊を呼び出す過程を詠んだ句なのだ
夜も眠らずに祈り続けて天皇の霊を呼び出して皇太子に憑依させる儀式で、皇太子に憑依した状態になった時に
「太陽が昇った」という表現を使い、現天皇の時代が来た、振り返ればかつての天皇を思い出させる月が沈もうとしている。
前の天皇とも、このようなことをした。皇太子様、あなたが今日から天皇です。
これにより(当時天皇交代の儀式であった?)霊の交代が行われ、支配者になられた。
さあ、猟(戦争?)に出よう。

文字の呪能を生かし、神への報告を歌で行う。これが柿本人麻呂など、呪能者の役割だった。
したがって、万葉集は霊と交信できる呪能者が書いた書物だと、武田先生は言う。


さらに白川先生は、
根拠は、太陽が昇るとき月が反対側にあるのは、一年間のうち、一週間も無い。
前の歌で荒野って言っているので、冬に違いない。
この条件で月と太陽が同時に見えるのは、冬至の月である。
天皇が、この国を治め始めるのは、春の1日目でないと意味が無いから、
この秋野の灯燎華の第3首の歌は陰暦では11月17日、太陽暦では12月31日の午前5時50分頃だろうと、断言されたそうだ。

このことより、漢字が古来より呪能のツールであったことは、何となく理解できると思う。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


第二部 武田先生の学術


この漢字の呪能について、武田先生は、個人の意見を言われていた。
例えば飛鳥時代の「飛鳥」。これは、どこが「あ」で、どこが「す」で、どこが「か」なのか。
普通は明日香村の「明日香」なのだ。
これはたぶん、明日香村の地名そのものを言うことにタブーがあって、
「明日香は、飛ぶ鳥をおとす勢いだ」ということから、飛鳥が明日香の当て字になったのではないか?とのこと。

例えば「大和」。普通は「倭」。みんなで和をもって集まろうということで「やまと」。

これが中国に行くと、こうは読めないだろう。
中国の人から見れば、「お前らなんでもあり??」みたいに思われるだろう。

このように絶対読めないような日本独特の不思議な読み方をする。
呪われないように、いい意味で使いたくて、その漢字を当てたなどの考え方ができる。

武田先生はここで、先に登場した柿本人麻呂や、大友家持が晩年どうなったか知っていますか??と質問を投げた。

柿本人麻呂は、水牢に入れられて生涯を終えたそうです。
それで残した歌が「いろは歌」だという。

以前、私が般若心経を調べていて、偶然、いろは歌の説明をしているページを見た時、
この「いろは歌」は、「 金光明最勝王経音義」より、仏教に明るく書の三筆のひとりである
空海が作ったものとの説もあるが、想像でしかない事が分かった。


武田先生は、柿本人麻呂が作った根拠として、いろは歌を説明してくださいました。
私、早雲個人の意見を織り交ぜながら書いていきましょう。

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす

読めるように直すと「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず 」
全てのひらがなを使うという便宜上、「ん」を末尾につける場合もあるけど、本来は「ん」は入らないものらしい。

いろは歌の私の意味のとり方は、

花は咲くけれども 散っていくもの
私の生きる人の世の中でも それが常識だ
数多くの有るものから為(な)いものまで全て存在する山を 今日まで越え続けてきたが
酔ってもいないのに 浅い夢のような現実を見たくはない

と、解釈しています。

個人的な訳なので、本格的に調べたい方は、インターネット検索で他のページを見て下さい。
「いろは歌 意味」で検索すると出てくると思いますので詳しく知りたい方はそちらでどうぞ。

いろは歌は先に書いたとおり七五調4句。これを7字ずつ区切って読むと

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむゆいのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
  えひもせす


最期の7字目だけ縦に読むと「とかなくてしす(咎無くて死す)」。
つまり「罪はありませんが、殺されます」となります。

さらに5字目だけ縦に読むと「ほをつのこめ(大津の小女)」。
つまり「大津の妻へ」となる。

このことより「仮名手本忠臣蔵」と呼ばれる。
つまり「忠臣蔵の47人は、いろは歌の47音のお手本のようだ」ということだ。
忠臣蔵の47人は、悪くも無いのに幕府に切腹させられたことを私達は知っています。と後世の人へ伝えた。


少し話がそれましたが、なぜ、柿本人麻呂のような宮廷歌人たちが姿を消したのか。

それは、倭朝廷ができると同時にやってきた大陸人や半島人達が漢字を伝えた。
これは文明のためではなく、呪能のためだ。
倭人は、この国を乗っ取られてたまるか、歌人の言うがままになってたまるかと頑張った。
この倭人こそが藤原氏だろうと武田先生は言う。
無残な殺され方をする宮廷歌人たちは、女官を宮中に送り込んだ。
この女官たちは、只者じゃない。漢字を使わない。日本独自の文字を発明した。
それこそがまさしく「ひらがな」なのだ。
彼女たちは、漢字の魔力から遠ざかるためにひらがなで日記を書き始めた。
この女たちの中には「源氏物語」を書く紫式部が現れ、「枕草子」を書く清少納言が現れた。
これは漢字ではなく、ひらがな物語だ。
彼女たちが、藤原氏に持ち上げられ、宮廷に送り込まれた理由だろう。
これにより、漢字をひらがなで繋ぐ日本語の原型が出来上がった。

余談ですが、エリートだった紀貫之は、女になりすました「土佐日記」を書いた。
「太宰治」を経由し「はるな愛」まで、ずっとその系図は繋がる。

このひらがなを漢字のつなぎとすることで、「訓読み」ができあがる。
「音読み」が中国から伝わった読み方だが、訓読みは日本独自の言葉だ。
例えば、「天」。音読みだと「てん」、訓読みだと「あめ、あま」など。

また、意味が全く変わってしまう言葉もある。
例えば「結構」。
結構なものをありがとうございます←→いや、もう結構です
(もらいたい←→もらいたくない)

例えば「加減」。
いい湯加減←→いい加減にしろ
(いい感じ←→嫌な感じ)

例えば「適当」。
適当な処置でよかった←→適当な処置だったせいだ。
(適切←→不適切)

例えば「冷(ひや)」
お冷≠冷
(水≠酒)

このように文脈によって、全く意味が変わる。

また同じ読みでも意味が違う言葉もある。
例えば「おもう」。
思う、想う、憶う、念う、偲うなど。


このようにして、漢字の呪能から解放される道を編み出したのである。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


第三部 武田先生のまとめと早雲の意見


学校裏サイトなどが流行っているが、絶対に「死ね」など、誹謗中傷を書いてはいけない。

漢字の魔力は、相手にかかるものではなく、自分に降りかかるものなのだ。
(前述:第一部、第二部における柿本人麻呂より)

平安時代の陰陽師、安倍晴明は、魔物に自分の名前を知られると、魔物がその人の名前で遊んで、その人に呪いをかける。
だから、昔の日本人は、官位で人の名前を呼んだりする。(織田信長=織田上総介、豊臣秀吉=関白、徳川家康=内府)
現代においては役職や肩書きで呼んだりする。(課長、部長、社長、大将、女将)

これは、本名を教えると呪いが罹(かか)るという陰陽師の教えの名残であり、伝統なのだ。

私は、「なるほど。」と思った。
相手の本名を呼ぶことで、自分に呪いがかかる。
情報発信者は、必要最低限以外の場所では、相手に呪いがかからないように気を遣う。

だから日本人は、遊び半分で名前を呼ばれない程度…つまり、余程親しくならなければ、本名が分からない状態にするようになったのではないか?
この意識が潜在的にあるから、本名は嫌だなぁって思って「なんとなくニックネーム」をつけているのではないだろうか?

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。



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更新 2009年5月11日 23:54:17

登録タグ 漢字 呪能 ニックネーム

2009年2月16日
プライドとは? コメント(2)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


先週は、りんごさん、レモンティさん、きつつきさん、スマイルプレゼンター貴さん、ササさん、
ムータンさん、「プライドを持つ」にコメントをありがとうございました!

これだからブログは面白い。とことん議論しましょ!^^


では、プライドとは何なのか考えてみよう。

まぁ、所詮個人の意見なので、参考程度に…。

早雲が考える「プライド」とは、その人個々の信念であり、思想であり、哲学である。

そもそも「安っぽいプライド」「高いプライド」なんて言葉があるからいけない。

安っぽいプライドや高いプライドとは、プライドではない。自我であり、ただの我儘に過ぎない。

こんなものは、論外。

私は、プライドとは、今までの失敗、成功を踏まえた、自らの人生であると思う。

今までの自分に生まれた、様々な考え方、人に接するに当たっての気の使い方、すべてを結晶にした自らの誇りであると思う。

それは、これから先、変わっていくかもしれない。

もちろん、人によってそれぞれ。考え方は違うと思う。私の言っているプライドとは、みんなが考えるプライドとは違うかもしれない。

しかし、今までの人生と先人の人生があっての自らの誇りなのだ。

プライドを否定すれば、自らの人生を否定することになると考えている。

やっていいこと、やってはいけないことの判断を下すのもプライド。

日本人として、あるまじき行為を決定するのもプライド。

早雲にとって、人が喜ぶことを、自らが喜ぶこともプライドなのだ。

ニュースを見て、「これはやったらいかん事やろ?」って思うとき、自分のプライドがそう思わせているのだ。

理性を持つ人間だからこそ忘れてはいけないのが、プライドであると思う。

今井美樹さんのプライドもいいかなって思ったけど、今日はこの曲で^^




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更新 2009年2月16日 22:05:17


2009年2月9日
思ったようにならなくても、プライドは持つ コメント(6)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


人生、そう甘くない。

自分がどんなに頑張っても、他人が認めてくれることは、少ない。

気の合う人ならば、頷いてくれるだろうが、見ず知らずの人には馬鹿にされたりさえする。

今年(2009年)は、激しい不況に見舞われる予測がなされている。

派遣切り、中小零細企業切りは、報道によってその深刻さが伺われる。

力の無い末端の人たちが、どんどん切られている。

陰でどんなに働こうと、それを認めてくれる人は、ほんの一握りだ。

真面目に正攻法、サムライのようなやり方では、成功できないのだろうか?

裏で操る事ができないと成功できないのか?

色々な出来事と重ね合わせてみる…。

いや・・・それで成功できるかもしれないが、大事なものがなくなるような気がする。

例えダメだとしても、信念は曲げたくないし、一部の人は分かってくれる。

その柵(シガラミ)が背負えなくなったとしても、後悔の無いように今を精一杯生きる。

思い上がりと笑われても、譲れないものがある。

プライドを持つことを忘れてはいけない。と、自分に言い聞かせて、明日も前向きに頑張ろう。




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更新 2009年2月9日 22:33:25

登録タグ PRIDE チャゲアス 信念

2009年2月2日
家庭を考える、夫婦円満とは? コメント(5)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
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今日は、哲学ネタです。長いです。

あくまで、個人の意見です。

私は、たかだか丸6年の夫婦生活しか経験していません。

今年で、嫁と出会ってから、丸12年です。

ただ、少しでも参考になるのであれば嬉しいと思います。


まず、夫婦について感情抜きで簡単に考えてみましょうか。

夫とは、主に仕事をして、家庭に財をもたらす存在。
または、家庭の方針を決め、実行していく存在。

仕事とは、束縛されることを承知で、利益のために自分を押し殺し働くこと。
その労働力によって支払われる報酬が、給与である。

妻とは、主に家事をして、家庭を円滑にする存在。
または、家庭の方針に従い、サポートしていく存在。

家事とは、炊事洗濯掃除育児など、家の雑用をこなすこと。
それによって、働きやすい環境を作り出し、結果、家庭に余裕や利得が生まれる。

男女同権の現世では、男が夫であろうが、男が妻であろうが、女が夫であろうが、女が妻であろうが、そんな事はどうでもいい。

俳句の世界では、「おっと」と書いて「つま」と読ませることもある。

また、和食において、メイン料理を引き立たせるために添えるものを「つま」という。

忘れてはいけないのは、夫の財の存在と妻の環境の存在は、家庭に必要だと言うことだ。

男女が共に夫であった場合、家庭の方針は、財は多いものの家は散らかり、意見が食い違い、お互いに譲らないため、進展しない。

男女が共に妻であった場合、家庭の方針は、家は綺麗なものの財が少なく、意見がまとまらず停滞するため、これも進展しない。

これは、少し考えれば、誰でも分かることだと思う。

ここで、疑問に思うとするならば、仕事をする人間が、家庭の方針を決めると言うことであろう。

なぜか。

それは、自らの仕事の状況を判断しつつ、家庭の状況を見ることができるからである。

これが、家事を行っている人間から見れば、仕事のことは分からない。

総合的に考えられるほうが、夫である(家庭の方針を決める)べきなのだ。

ちなみに、夫が働くのは、当たり前ではない。

それを言うなら、妻が家事をし、育児をするのが当たり前になってしまう。

その逆も然りで、妻が家事をし、育児をするのが当たり前ではない。

もしも、当たり前と思っても、口に出してはいけない。

自らを逃げ道の無いところへ追い込む、諸刃の剣であることを覚えておいて欲しい。

伴侶が働いてくれている、家事や育児をしてくれている、ありがたい存在だと思う事で、随分と楽になるものです。


さて、共働きのことを考えて見ましょうか。

お互いに仕事をしている場合、どちらが重きを担っているのか考える。

その度合いによって、家事も分担すべきである。

例えば、私の家は共働きで、私が重きを仕事、サポートとして洗濯をすることが多い。

嫁は、サポートとして仕事をして、重きは炊事、掃除をやっている。

育児は、風呂は私、ご飯は嫁といった具合に分けている。

片方に肉体的な負荷がかかり過ぎないように、このように分担することが、当然であると思う。

精神面、家庭の方針については、多々あると思うけど、私の場合は、私が夫、嫁が妻である。

最終決定権は、私にあり、それに嫁が従う方向だ。

私が夫をしているからには、妻の仕事の部分を聞き、相手のことを考慮した上で決定しなければならない。

つまり、共働きの場合は、お互いがよく話し合って、何に重きを置くか決めておかないと、負担が分散しにくいと言うことになる。

「船頭多くして、船、山に登る」昔の人は、巧いことを言ったものだ。

決定権を持った人間が多いと、どこに行くのか、見当が付かなくなると言うことを忘れてはいけない。

先が読めないことほど、不安になることはない。

また、男女同権であっても、男女同質ではない。

子を考えれば、男は種であり、女は畑である。

男は、どんなに頑張っても妊娠することができない。

どちらが何をすれば効率がいいのか、考えてみてください。


ここで、子供のことを考えてみましょうか。

夫婦であっても、人間である以上、意見が食い違うことはある。

しかし、子供の前での喧嘩は絶対に避けるべきだ。

意見をうまく述べることのできない子供にとって、目の前で両親が喧嘩。これほどの虐待はない。

もし、喧嘩が始まると、ピリピリした空気に耐え切れず、子供は、自分に気を引かせようとしたりするものだ。

甘えてきたり、わがままを言ってみたり、大きな声を出してみたり、何かしらのアクションを起こす。

これを無視してはいけない。親自身は、自分勝手なことをしていると気付かなければならない。

無視すると、子供は、自分の無力感から、必死に絶えるようになる。

頑張ってやりすごす。親は、子供を放置して、自らの怒りに任せて好き勝手に爆発している。

結果、親は信頼するに値しない存在となり、敬意も消える。

他にも余波があるかもしれない。

親が子供から敬意を抱いてもらえないことほど寂しいことは無いと思う。

「夫婦喧嘩は犬も食わない」とあるが、犬だから「食わない」で済んでいる。

犬と人間(子供)は、違う存在でしょう??

無力感を植え付けられた子供が、将来どうなるのか、真剣に考えてみると分かるはずです。

「どうせ何もできないと思う脱力感」「肉体的、道具的な力にのみ頼った自らの告示」大凡、こんなとこでしょう。

精神的に強い子に育ってもらうためには、親が精神的に強くなければありえない事なのです。


では、喧嘩を回避するためには、どうすればいいのか。

これは、私の考えなのですが、まず、自分のことを良く知るべきです。

夫婦は、度合いに個人差があるでしょうが、どちらかが考え込むタイプ、どちらかが思った事をすぐ口に出すタイプと分かれると思います。

言い争えば、口を噤み、場合によっては何らかの形で実力行使するタイプの型が、考え込むタイプ。

逆に、言い始めたら止まらないマシンガンタイプの型が、思った事をすぐ口に出すタイプです。

考え込むタイプの方は、楽観的に考えすぎず、もう少し気配りしてみましょう。

思った事をすぐ口に出すタイプの方は、言い過ぎないように心がけましょう。

もしも「喧嘩になった」と思ったら、考え込むタイプの人が距離をあけ、思った事をすぐ口に出すタイプの人は追いかけないように。

その間に、心を落ち着けて、状況を良く考えて下さい。

相手から逃げているのではなく、喧嘩を回避しているのです。

思いのまま言い争うよりも、回避することのほうが勇気がいるものだと思います。

戻ってきたら、お互い口を利かないとしても、喧嘩を再開するような愚の骨頂を犯してはいけません。

子供のことを考え、大人になりましょう。

お互いに落ち着いて話をすれば、夫婦である以上、解決できるのではないでしょうか?

今のところ、我が家はこの方法で何とかなっています。


ここで、もう一つ、参考程度に頭に入れておかなければならないことがあります。

現在の日本の社会状況です。

なぜ、子供を犠牲にしてまで、言い争わなければならないのか。

それは、コミュニケーション不足が原因の一つと言えます。

では、なぜ、コミュニケーション不足なのか?

子育てよりも、テレビなど、メディアに夢中になる。家庭に多くの仕事を持ち込むなどです。

これは、早雲自身、ちょっと耳の痛い話で、反省しなければならないこともあります。

これらが夫婦のコミュニケーション不足の原因の一端になっているのも事実です。

何とかしなければならないという心がけが大事でしょう。

メディアに夢中になるのは、心がけ一つで変えれます。

が、仕事は、どうにもできないこともあります。

なぜどうにもできないのか、いったい何が家に帰ってまで仕事をしなければならない理由なのか…自身で突き止めてみてください。

この件に関して私の考えは、偏っています。ですので、ここでの回答は控えます。

早雲のことを良く知っている人なら、分かるかもしれませんが、また別件で、それとなく書いてみます。


これらは一例なので、読んでくれている皆様も考えてみて下さい。

夫婦とは、家庭とは、育児とは、いったい何なのか。

どうすればうまくいくのか。

相手に押し付けるのではなく、お互いがそれぞれ考えて、相手に敬意を持ちつつ落ち着いて話し合うこと。

自身の哲学を持ち考えるということ。広い意味で状況を見るということ。

将来、家族みんなで笑い合うためには、必要不可欠な事だと思いませんか?

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更新 2009年2月2日 23:12:18

登録タグ 哲学 家庭 育児

2009年1月8日
言葉に縛られない国。 コメント(3)読む・投稿する
人間多くは変わらない。生まれ持ったモノはほぼ同じ。原型に多少の差があっても、要はどれだけ「強い意志」を持てるかだ。
その堅い意志をBASARAという。バサラは婆娑羅と書く。れっきとした日本語だ。
他にも「ばさら」は、その硬さ故に「ダイヤモンド」を指したりもする。


どこかの哲学者が、日本は言葉に縛られない国だと言った。

これは、どういう意味なのか。


それは、俳句だという。また、川柳だという。

俳句や川柳は、5つの音、7つの音、5つの音の合計17音で、表現する言葉遊びのことだ。

俳句と川柳の違いは、季節を表す言葉が入っているかどうかで決まる。

俳句には、春、夏、秋、冬のそれぞれを表す言葉が一つ入ってないといけない。

川柳には、必要ない。


私は、以前にラジオで、その解説を聴いた。

日本の文化人に、松尾芭蕉と呼ばれる人が居る。

彼の俳句の中に、こんな俳句がある。

古池や 蛙飛び込む 水の音

これは、古い池にかえるが飛び込んで、水の音が聞こえた。

このような意味である。

しかし、彼は、この事実を伝えたいのではない。

彼が伝えたかったのは、蛙が飛び込んで、水の音が聞こえるくらい静かな場所だという事だ。


このように、言葉の事実以外の事実を伝える文化を、日本の庶民は持っている事だと、どこかの哲学者は言った。

これが、人を傷つけずに、世界を守る方法なのかも知れない。

私は、この日本の文化が世界の役に立てば嬉しいと思っている。



…この文章の英語翻訳ブログはこちら。間違ってたらアドバイスしてね(ーー;
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更新 2009年1月8日 22:08:02

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